自然災害。守りたいもの。失ったもの【コメント2】

みなさまこんにちは🌸細川佳世です。

神様にお守りいただき、多くの方の協力により、一昨日に電力が一部復旧し、昨日ようやく100パーセント復旧致しました。本日は兄弟弟子の先生方が遠くから駆けつけてくださり、激励くださいました(*^^*)そのご愛情がとても嬉しくありがたかったです。
まだ返信ができていない方々からの安否確認のメールも、少しずつお返事させていただいております(現在電話は故障のため繋がりません)
    
災害時に起こるさまざまな想定外の出来事。今回、そういった状況に直面し、今振り返ってみて思うことを綴ってみたいと思います。
  
  

  
  
8/27(火)、平戸市のある長崎県北部では午前中から激しい雨に見舞われ、午後には小康状態となりましたが、長時間降りしきる雨により土砂災害の危険がございました。
張り詰めた緊張感の中、夜になり土砂災害警戒情報が発令になり、命に危険を及ぼす土砂災害がいつ発生してもおかしくない状況と判断されました。
平戸教会は山の麓に位置するため、山から一番離れた教職舎の宿泊参拝部屋に避難して休ませていただいておりました。雨音と雷はどんどん激しくなり、教会全体に大きな音が鳴り響いていました。
    
    
8/28(水)2:30頃、突然教会内にドシャドシャドシャ!!という大きな音と共に大量の水が天井裏から吹き出しました。大量の雨漏りは、まるで滝のような激しい音をたて、あっという間に教会中を水浸しにしていきました。

    
3:00頃、大量の雨水を教会内からバケツリレーで繰り返しかき出しましたが、増え続ける水の勢いは激しさを増し、手がつけられない状況になりました。2階に溜まった水溜りはやがて決壊し、1階も大量の泥水が流れ出しました。
  
   
3:30頃、激しい雷とも山鳴りとも聞こえるゴォオオオオオ〜!!という音を耳にしました。避難を試みようと外にでると、平戸教会の目の前の海は真っ暗でうなりを上げ、目の前の用水路は既に氾濫し足をすくうほど。激しい雨のため1メートル先も見えず、避難所に辿りつくまでが非常に危険と判断しました。
  
  
4:00頃、教会内に響く轟音の中、「バシン!!」という大きな音とともに停電。
携帯電話の灯りを頼りに、お広前へ。
この3年間、24時間絶えず灯してきたお広前のお灯明の灯りが消え、ご神前は真っ暗闇となりました。
  
    
5:50頃、携帯電話から警戒レベル5の緊急速報アラームが鳴り響き、「命を守る最善の行動をとってください」という町内放送が何度も流れました。高台であり被害が少ない場所に移動し、氏子の安否を確認をさせていただきました。
   
  
7:00頃、小雨になり、雨漏りも落ち着いてきましたが、教会内を大量の泥水は流れ続けました。やがて、教職舎の天井がベリベリバリン!と一斉にはがれ落ちていきました。

 
(画像と動画を一部公開させていただきます)
 
            

 
   
去年、一生懸命張り替えたお広前の真っ白な障子。
ごく最近、張り替えたばかりの教職舎の真っ白な障子。
日々お洒掃させていただき、大切にしてきた障子が、雨漏りによる泥水でドロドロと剥がれ落ちていく光景を目の当たりにしながら、私はこう思っていました。
   
一生懸命、張り替えたなあ。
全身全霊で、氏子の助かりを祈りながら張り替えたなあ。
ありがたい時間だったなあ。
幸せな時間だったなあ。
また一から、張り替えさせていただく時間をいただけると思うと、それもまた、楽しいだろうなあ。
そう思っていたのです。
  
   
毎日丁寧にお洒掃させていただいた畳の上を、泥水が流れている様子を目の当たりにした時も同じく、ありがたかった日々が思い起こされてきました。
     
一生懸命、お洒掃させて頂いたなあ。
全身全霊で、氏子の助かりを祈りながらお洒掃させて頂いたなあ。
ありがたい時間だったなあ。
幸せな時間だったなあ。
また一から、お洒掃をさせていただけると思うと、それもまた、楽しいだろうなあ。
そう思っていたのです。
そう思っている自分に驚きました。
  
   
平戸教会で御用させていただき、氏子の助かりのため、命をかけてお教会を守りたいと思ってきたこの3年間。毎日毎日、お洒掃ばかりしてきたと言っても過言ではありませんでした。

心を込めてお浄めしてきたお教会が、一瞬にして泥まみれになってしまっても、天井が剥がれ落ちてしまっても、「またここから、一から始めさせていただこう」という思いがメラメラと湧いてくるのです。
  
時間と財をかけて整えてきたところが、一瞬にして壊れてしまっても、けして振り出しに戻ったのではなく、前に進んでいるのだと感じるのです。
そう感じることが不思議ですが、きっと、神様から分けて頂いた私の分け御霊さまが、そう感じているのだと思います。
 
   

  
  
どんな激しい雨の中でも、神様も先生も、ずっとそばにいて守ってくださいました。
  
「命に別状がなくて、良かった」
  
と信心の師匠はお取次くださいました。「祈り」という愛情で私を抱きしめ続けてくださいました。私の中の神様の灯りは、消えていないことを感じました。
   
振り返ると、私も、展信先生も、真っ暗闇の教会の中で、これまでの歩みを思い出していました。
氏子との出会い。
神様や師匠にいただいたご愛情。
嬉しかったことや哀しかったこと。
数え切れないほどの思い出。
私たちは自然と笑顔になり、すべてが愛しくてたまらなくなりました。
  
   
神様
先生
平戸教会の氏子
家族
新しい命
みな無事だった
  
今、振り返ってみて私が思わせていただくことは、この度の被災で失ったものは何一つ無かったということでした。
私が守りたかったものは、神様が守ってくださいました。   
今はそのありがたい思いを噛み締めながら、一つ一つ、片付けをさせていただいております(#^.^#)
   
信心の師匠からいただいたお取次。
  
「喜び、勇んで、元気な心で信心せよ(^^)」
    
このお言葉を胸に抱き、神様から頂いた命がある限り、明日からも引き続き信心をさせていただきたいと願っております。
  
神様、金光大神様、ありがとうございました。
金光教平戸教会 細川佳世

 

         

    

        

■共感してくださった方はボタンのクリックお願いします。
引き続き執筆させていただく励みになります にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ  

YouTubeでも配信させていただいております。少し内容が違います。

 

コメントを残す