信心の師匠の布教はじめのお姿を思い浮かべ、思い浮かべ【コメント2】

みなさまこんにちは🌸細川かよです。

私が一番大切にしていることはお洒掃(さいそう)です。
お洒掃は、お掃除と似ているけど、中身は全く違うものであります。
  
◎お掃除は、快適に気持ちよく家族が過ごせるようにだったり、お客様をお迎えするためだったり、つまり見た目の”綺麗”を大切にします。
◎お洒掃は、見た目の綺麗さだけではなく、その場所と、自分の心を、神様にご祈念しながら”お浄め”させていただくことです。
      
                
私は、昔からお洒掃をさせていただくことが好きでした。
一人暮らしだった私は、家にある片手サイズの小さなお社を、日々お洒掃させていただいておりました。
       
心も身体も一番しんどかった20代の頃、「神様、助けてください!神様、助けてください!苦しい気持ちをお取り払いください!」と必死でご祈念しながらお洒掃させていただいておりました。すると、お洒掃が終わった頃には不思議と、苦しい気持ちを神様が引き取ってくださり、随分と心が楽になっていました。
           
また、嬉しいことがあった時は「神様、嬉しいです!ありがとうございます!ありがとうございます!」とお礼を申し上げながらお洒掃させていただいておりました。すると、お洒掃が終わった頃には不思議と、嬉しい気持ちを神様が何倍にも大きくしてくださり、心の中を喜びでいっぱいにしてくださっていました。
私はお洒掃を通して、いつも神様と一緒に過ごさせていただいていたのです。
             
        
お洒掃をさせていただくと、必ず心におかげをいただけます。
            
ただ、せっかくのお洒掃も、心が神様に向いていないとただの”お掃除”になってしまいます。
さらに、心を神様に向けるだけでなく、身体も神様に向けさせていただくのです。つまり、ゴシゴシと力を入れてお掃除するのではなく、丁寧に扱い、撫でるようにお浄めさせていただくことで、”お洒掃”になっていきます。
    
     

  
   
ここ平戸教会で、神様の御用に立たせていただくようになって二年が経とうとしております。私はこの二年間、展信先生と共に、毎日毎日、お教会のお洒掃ばかりしてきたと言っても過言ではございません。
    
なぜなら、私のたましいの親でもあり、信心の師匠でもある先生。
先生の布教はじめは、毎日ずっとお洒掃をされていたと聞いていたからです。
先生はこのようにご祈念しながらお洒掃されておられたそうです。
           

「難儀な氏子をこのお広前にお引き寄せください」
「どこのお教会へ行っても助からないような難儀な氏子を、このお広前にお引き寄せください」
「このお広前を、血だらけにしてください」

     
そんな願いがこもったお広前に、今から15年前、私はお引き寄せをいただきました。
医師からもさじをなげられ、生きる希望を失っていた私。そんな、どこにいっても助からなかった私がそこで助かっていくのです。
  
 

  
   
先生の布教はじめのお姿は、20年以上前になるので私は存じておりません。
しかし私は、先生の当時の背中を思い浮かべ、思い浮かべ、毎日ここ平戸教会のお広前のお洒掃をさせていただいております。
       

「難儀な氏子をこのお広前にお引き寄せください」
「どこのお教会へ行っても助からないような難儀な氏子を、この平戸教会のお広前にお引き寄せください」
「このお広前を、血だらけにしてください」
    
               
先生がされてきたことと、同じように。
   
   
         
数日前のことです。
朝のお広前のお洒掃をさせていただいておりました。
そしてお洒掃が終わった瞬間、教会の玄関の戸がガラガラガラ・・・
       
「外の看板を見て、初めてお参りしました!」
            
突然氏子をお引き寄せいただいたのです。お結界でじっくりとお話を聴かせていただき、「よくお参りですね!」と心から喜ばせていただきました。
最後はお結界から下がり、お広前でご祈念の作法をお伝えしながら、その方と一緒にお広前で心中祈念をさせていただきました。
これも、不思議なことではございません。なぜなら金光教祖は、「思う念力岩をも通すというが信心する者が一心を出して願えばどんな事でも叶えて下さる」とまで言っておられるのですから。   
  
   
どれだけ私が、神様一筋になっているのかということを、神様はしっかりと見ておられるのだと思うと、日々身の引き締まる思いがいたします。                        
「氏子をお引き寄せいただく」と言っても、氏子を引き寄せるのは「私」ではなく、「神様」がお引き寄せくださるのだから、私はしっかりと神様のほうを見て、神様に心を向け、神様に一心にご祈念させていただきたいと思っております。
      
そして、
「難儀な氏子を取り次ぎ助けてやってくれ」と願われた神様の思いを、
「難儀な氏子をこのお広前にお引き寄せください」と願われた先生の思いを、
しっかりと受けとめ現していけますようにと願っております。
         
金光教平戸教会 細川佳世

 

YouTubeでも配信させていただいております。少し内容が違います。

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松崎信子

この写真を見せていただき、どこもピカピカですね。私は洒掃どころか普通の掃除も”四角い部屋を丸く掃く”のレベル(≧∇≦)気持ちだけでも一歩一歩!

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細川 佳世

松崎さん、ありがとうございます。どこもピカピカだなんてとても嬉しいです(≧∇≦)神様がいつでも氏子をお参りさせてもよいように、お広前をお浄めして、準備をさせていただいております。

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