たましいの親にならせていただけますように

みなさまこんにちは。細川佳世です。

辛い、苦しい、死にたい…ここ平戸教会のお広前には、心に深い苦しみを抱えた氏子が、神様に手を引かれるように参ってこられます。
昨日は遠方から初参拝の予定があり、展信先生が御結界に座られ、氏子の参拝を待たせていただいておりました。
ところが、約束の時間になってもお姿は見えません。一時間、二時間、三時間、祈りながら待たせていただいておりましたが、やはりお姿が見えません。

今どうしているだろうか、無事だろうか、不安がよぎります。しかし、展信先生が御結界で氏子の無事をご祈念されながらも、必ず参拝されると信じて待たせていただいておりました。
   
だんだんと日が暮れはじめ、さっきまで晴れていた空がどんよりと曇り、ポツリ、ポツリと雨が降ってきたと思ったら急に土砂降りになりました。平戸教会の目の前には大きな海が広がっています。その日は風があり、真っ黒な波がうねりをあげて押し寄せ、岩にぶつかる波の音が嵐のように凄まじく聞こえてきます。
   
    
展信先生が一旦御結界から下がられ私と交代し、
     
「少し心配だから、海の前のバス停まで様子をみてきますね」
     
と仰い、黒衣のまま傘をさされ、左手には氏子の傘を持って、海の前にあるバス停までゆっくりと歩いて様子を見に行かれました。
   
しばらくして戻ってこられた展信先生の左手には氏子のために持っていった傘が握られておりました。また御結界に座られ、一時間、二時間、三時間と、参拝を待たせていただいておりました。 

結局その日、その氏子は参拝されませんでした。
今、無事でいてくれるだろうかと、ただただ身を案じ、また神様のもとに参ってこられると信じ、お引き寄せを祈らせていただいております。


         

    
氏子はみな、大切な神様のお子様です。
大切な神様のお子様が、今もひとりぼっちで苦しんでいると思うと、助けたいと思わずにはいられません。       
神様の大切なお子様を救い助けるために、私たちはこの命を使って頂きたいと心から願っています。
何度も何度も、死ぬところを助けていただいた身でありますので、この身を神様に使っていただけることほど、幸せなことはありません。
         
「どうか、ひとりぼっちで苦しんでいる氏子のたましいの親にならせていただけますように」
       
そう願いながら、今日も氏子らの参拝を信じ、御結界に座らせていただいております。神様、金光大神様、ありがとうございました。
金光教平戸教会 細川佳世

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